
面白いゲームには目標・目的がなくてはならないものですが、
ゲームの中での目的は、現実に対するメリット、フィードバックが
あるわけではありません。
では、なぜ人はゲームの中の目的に価値を見出すのでしょうか?
ゲームをクリアしたからといって、別に現実になにかが残るわけでも
ないのに。遊んでばかりいると、母親に叱られるというデメリットは
あるのに?
そう。このメルマガをずっと読んできたあなたならすぐに連想するで
しょうけれども、それは
「感情を動かされる」
からなんです。
日常にはない感情の動き。日常の中で、自分の命をかけて戦い、心臓を
バクバクさせることなんて、ほとんどありえません。
それが、ゲームの中にはある。
人は共感する動物です。映画の中の主人公の状況に共感してドキドキするし、
ゲームの中のキャラクタの状況に共感して、強くなるアイテムにワクワクします。
ただ、ゲームの中の目的は、それ自体にはほとんど魅力はないわけです。
言ってしまえば、意味がない。
虚構の中での目的ですから。
これが、ラスベガスのカジノだったら別です。
現金という強力な目的がありますから、モチベーション(それをする動機)も
強烈なものです。
じゃあ、目的が魅力的でないのに、なぜゲームを始めるのか?
それは、経過が魅力的だからなんですね。
まず、ゲームというのは、始めると非日常的な世界の中で、日常では
ありえない体験をする。
そして日常にはありえない行動をとることができる。
その中には、日常にはありえないプレイヤーの「感情の動き」があります。
まずプレイヤーはそこに引き込まれます。
この「体験」こそが、魅力的なんですね。
だから簡単に考えると「ああ、○○○したいなー」という言葉を
誰かから聞いたら、それをゲームにするだけで「面白いゲーム」に
なる可能性があります。
SSVという言葉を知っていますか?
(知らない人はメルマガのバックナンバーを見てください)
これ、実は人が持つ大きな3つの欲求なんですね。
世の中に出ているゲームのほとんどは、これを応用した
ゲームだったりします。
ゲームの多くはこの3つのうちどれかを「体験」させています。
ゲームの「目的」は、この体験を次々にしてもらうための、
「道標」の役割を持っているんです。
目的自体に魅力はないけれど、その目的に沿って進むことで、
刺激的な「体験」が待っていて、いろいろな行動をすることができる。
だからプレイヤーは目的に向かってどんどん進んでいく
わけなんですね。
(だからある意味目的はなんでもいいわけです)
ただし、プレイ時間が積みあがってくると、その目的にも
意味が出てきます。
人は時間をかけてしてきたことには、「意味」を持ちたがります。
決してその時間を無駄にはしたくないという気持ちが生じてくるのです。
だから、長い時間かけてプレイすると、どうしても「達成」「クリア」
したくなってくるんですね。
そうなると、プレイは「義務的」な様相を帯びてきます。
もう、プレイを続けざるを得なくなってくるわけです。
「体験」で引っ張って、「プレイ時間」でハマってもらう。
このような一連の流れで、ゲームはクリアまで導かれる、
というわけです。
ただし、ゲームにも強力な目標ができる場合が、実はあります。

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