
このメルマガではどちらかというと「ゲームシステム」面の話が多くて、
「世界観」の話はあまり触れてきませんでしたが、今回はその「世界観」に
ついての話をシェアしたいと思います。
●「ゲームで表現したいものとはなんだろうか?」
あなたはそういう問いかけを自分にしたことがありますか?
私は経験的な傾向から思うのですが、ゲームを作りたいという人は、
ほとんど映画、小説、漫画などを制作したい人と同じものを、
作りたがっているんです。
それはなにか? というと。
「世界」なんですね。
世の中には、あらゆる「世界」が、あらゆるメディアで提供されています。
先に行った、映画、小説、漫画に加え、テレビ、ラジオ、街頭での
パフォーマンス、路上演奏、これらで表現されるのはすべて「世界」です。
ではどういう世界が表現されているのか? というと、
創作界隈では馴染みの深い、SF、ファンタジー、時代もの、現代もの、
などはあなたもよく知っていますよね。
こうした確立された世界観のほかにも、実は世界観は多くあります。
テレビの番組ひとつひとつを、「世界観」と捉える事だってできるんです。
NHKの番組が持つ世界観。
バラエティ番組の世界観。
ニュース番組の世界観。
ありますよね? 世界観。
その番組が持っている雰囲気。
重さ、軽さ。
シリアスか、ギャグか。
現実か、虚構か。
ある役者がいることで醸し出される感覚。
それから、芸術で表現されるのはどういう世界でしょうか?
そう、「個人の世界観」ですよね。
個人の思想、世界をどう捉えているか、それが「世界」となります。
芸術とは、個人が持っている感覚を、世界として表現するもの、
と考えることができます。
ゲームで「表現」するものも、根っこはその「世界」なのです。
ただゲームは、世界を「物語」としてだけ提供するのではなく、
「世界の法則」そのものを提供することができるメディアです。
つまり、映画や小説のようにただ見てその世界を味わうのではなく、
その世界に入り、当事者として感じることができる、というわけです。
●ゲームで表現できるもの
昔、知人がこんなことを言ってました。
「海辺で貝殻を拾ったり、波間を歩いたりするゲームが作りたい」
この知人のいう「ゲーム」とは、私が思うに一般に言う「ゲーム」とは
ちょっと違うものだと感じました。
この知人は、単に「世界」を表現したかっただけなんだと思います。
別にそれが悪いわけじゃないんです。なにを表現しようとも、それは
自由ですからね。
私がここで思うのは、ゲームとは表現媒体であるがゆえに、
こうした「世界表現」が可能だ、ということなんです。
これは「物語」を表現する媒体との、大きな違いです。
世界の法則を組むことで、「自分が住みたい世界」とか、
「ワクワクする世界」とか「冒険が溢れた世界」などを作れる、
それがゲームなんですね。
この「世界自体」を提供できることが、ゲームのひとつの
大きな魅力となっています。
だから世界観を考えるときは、あなたが魅力的と感じる世界を、
どんどん盛り込み、詰め込んでいくのが、一番正しい。
ちょっと古いですが、大ヒットPCゲームの「スタークラフト」を
見てください。
わかりやすいですよね?
「エイリアン」と「スターシップトルーパーズ」、
「軍隊」「政治」「ヒーロー」「戦争」「ハイテク」「核武装」
「プレデター」「宇宙人の文明」等々。
さまざまな世界観、キーワードがごった煮になって入っています。
最近では、「マトリックス」もそうですね。
さまざまな世界観から取ってきたキーワードのごった煮です。
非常~~~に濃い世界観です。
この情報密度と、ヒット。なにか関係があると思いませんか?
そして、「世界観」と「ゲームシステム」、この2つには、実は
相互関係があります。
互いに影響しあって、ゲームの面白さの相乗効果が生まれます。
次回はその話をしますね。

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