個人でゲームを作って食べるということ

 

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以前「ゲームのしくみ飲み会」を開いたときに思ったり(みなさん
あれから元気にしてますか~?)、ゲームを作ってる人と話をして思ったり
したんですが...、意外と

 

「個人でゲームを作り、それで生活すること」

 

を考えている人は多いんだな、という印象を持っています。


 そりゃ、ゲームで自分の世界を表現したい! 面白いゲームを作って
世の中に広めたい! と思っている人にとっては、それは「彼岸」ですよね、
当たり前の話ですが。

 ただ、それにはやはり現実を変えていく必要がある。

 単に生きるために働くだけでなく、夢を追うために働く必要が出てくる。

 考えることも多くなります。

 

 「生活できるだけのお金があればいい」

 

 という人がいますが、夢を追いたいと思う人は、

 

 「夢を叶えるだけのお金があればいい」

 

という話になってきて、じゃあその夢はどのくらいのお金があれば実現する
のだ? ということになります。

 もちろん、お金だけでなく、スタッフやスキルも必要になるわけですが、
資本主義社会に住んでいるからには、まずは資本がないと始まらないわけです。


 で、「夢を追う」ということに関して、すごく参考になる人を見つけました。


 「芸術起業論」という本を出している、芸術家の村上隆さんです。

 オタク文化を取り入れた芸術作品を作っているということで、知っている人も
多いのではないかと思いますが、この人です。

 http://www.kaikaikiki.co.jp/


 オタクからは賛否両論ある村上氏ですが、私はこの人の芸術活動に対する想いと、
現実でそれを実現していく過程に、非常にシンパシーを感じています。


 もともと、日本における芸術は「ひとりで職人的に作ったもの」という意味合いが
強く、ひっそりと孤独に作り上げる姿勢、傾向が強いのですが、村上氏は
そういう日本的芸術に対して、「評価軸がないのでフィードバックが起こらず、
進歩のしようがない」と強い不満を持っていました。

 日本の芸術は、一定の権威に認められなければ芸術としてすら認められない
部分があるわけです。


 しかしアメリカにはそれと比べ、自由な風土があります。

 アメリカには芸術作品のオークションシステムがあり、作品評価の土壌が
あるわけです。

 ゆえに、芸術で食べていくことを夢見ている芸術家が、積極的に作品づくりに
取り組み、作品展を開催し、オークションに出品する、という流れがあります。

(ちなみに村上氏の「Miss Ko2」という等身大オタクフィギュアには、5800万の
値がつきました)


 また、海外の芸術作品には、「芸術の文脈の流れに、作品がどう関係している
のか」という観点からの評価が行なわれ、それによる批評もさかんです。


 良くも悪くも、話題の俎上に登ってくるわけです。


 良くも悪くも。これ重要です。


 そういうアメリカの風土的な流れに乗り、一気にポップカルチャーの権威に
なった村上氏ですが、現在では工房で組織的に芸術作品を作り、作品の規模を
大きくしています。


 この村上氏のプロモーションというか自己マネージメントで思うのは、

 

「その世界で生きていく覚悟を決めている」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ということです。


 一般に、人は評価の舞台に上がるのを嫌がりますよね。

 否定されるのではないか、批判されるのではないか、と不安になるから。

 実際、村上氏はオタク評論家から非常に辛らつな評価を受けている。

 芸術家の方面からのバッシングもあるようです。

 芸術とお金儲けを結びつけるな! というように。

 いずれにしろ、賛否含め、非常に話題になっている。


 でもそれを村上氏は甘んじて受けている。

 いろいろ言われるのを覚悟で、自己表現に踏み切っているわけです。

 これは、勇気のいることですよね?

 でも、それをしている。

 

 結局のところ、世の中に出て行って自分の作品で勝負するということは、
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
自己をありのまま、なにも隠さない状態であけっぴろげに晒すことなんですよ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 芸能人だって、お笑い芸人だって同じです。

 会社だって同じ。

 松本人志氏も同じ

 北野武氏も同じ。

 イチローだって同じ。

 そしてあなたも私も同じです。


 ゲームでなにか表現しようとしたら、自分の人格、嗜好、メッセージがじんわりと
目に見えるところに出てくる。


 そしてその表現の場で思い切り抜きん出たいと思うのであれば、結局のところ
思い切り目立つことは避けられない。


 その覚悟があるかどうか、ということなんだと思います。

 その覚悟があってはじめて、抜きん出ることができるわけです。


 抜きん出ることをするということは、その過程も抜きん出る必要がある。

 普通の人と同じことをしていたのでは、評価の対象になりませんから。


 だから、あえて敵を作ることになるかもしれないという覚悟がいる。

 あえて業界のお約束を破ることを貫き通す必要もあるから、衝突も起こる。


 最初は「変人だ」「頭がおかしい」と、思われることでもしなければ
いけないかもしれない。

 オリジナリティとは、最初は奇異に見られるもので、それが慣れると
当たり前になってきて、認められる、という部分もある。

 「独自の」ものを作るということは、これまでに馴染みのないものを
作るということ。

 だから、「変らないものを好む人」からは、批判を受ける可能性が
やはりあるわけです。

 そう考えると、批判なんてあって当たり前なんです。

 

 それでもやる覚悟があるか? ということなんです。

 

 個人でゲームを作って暮らすにしても、そういう起業家的な視点が
やはり必要です。


 「夢と現実という両輪」を回して生きていくには、暮らすお金だけでなく、
「自分の事業」「ライフワーク」というものを深く認識し、それを十分まわして
いくだけのビジネス的な思考も必要になってくる。


 お金を稼いで、社会の中で完全に自立した立場になるのだ! という
覚悟がいるんです。


 そして、自分という抜きん出たブランドを確立していくための
戦略が必要になります。


 抜きん出るために、自分を「他と違う存在」にしていく覚悟がいる、
ということです。


 やだなあ...と思うかもしれません。


 しかし考えてください。

 このことにどういう意味があるのか? ということを。


 あなたの人生は一度しかない。

 いずれ、誰であれ死がやってくる。

 それは避けられないこと。

 今この瞬間は、一度しかない。


 では、その人生を何に使うのか?


 あなたが一番欲しいものはなんですか?

 

 What are you really want?

 

 最も情熱を込められるものに使いたい、と思うのではないでしょうか?

 

 であれば、ちょっとくらいの批判、恥ずかしさ、失敗などを恐れている場合では
ないのではないかと、私は思います。

 一歩を踏み出してみては、いかがでしょうか?


 成功に失敗はつきものです。

 失敗は成功のもと、という言葉もあります。

 失敗は学びなんです。

 私は成功の確率が1/10しかないのなら、早く9回失敗すれば、
次には成功を確実に掴むことができる、と、よく考えます。


 恐れることはありません。


 まずは試してみる。

 やってみる。

 そこから、はじめましょう。


 あなたも、自分を思いっきり表現してみてください。


 なあに、どうせいずれ死んでしまうんですから、遠慮することは
ないじゃないですか。

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